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約束のチョコレートを待って

ブータンで生きる少女

君たちはブータンという国を知っているかい。

インドと中国に挟(はさ)まれ、国土の70%以上が森林でおおわれている。

その大自然の中、世界でも珍(めずら)しいいろいろな生物を育(はぐく)んでいるんだ。

日本の九州ほどの大きさで、世界でもっとも小さな国の一つだ。

国民の多くが農業で暮(く)らしを立て、仏教(ぶっきょう)を信仰(しんこう)している。

ほら、険(けわ)しい山肌(やまはだ)に立派(りっぱ)な寺院が建っているだろう。

伝統的(でんとうてき)な自然崇拝(すうはい)と溶け合って、

仏教はブータンの 人々の暮らしに大きな影響(えいきょう)を与(あた)えているんだよ。

 

 

ブータン王国

国名:ブータン王国

首都:ティンプー

人口:約753,000人(2013年)

民族:チベット系,東ブータン先住民,ネパール系等

言語:ゾンカ語(公用語)等

外務省HPより

 

 

私(わたし)は雷(らい)龍(りゅう)。 ブータンの人たちはこの国を「雷龍の国」と呼び、

国王は雷龍の生まれ変わりだと言われている。

そしてブータンは「幸福の国」とも呼(よ)ばれている。 なぜだろう。

 

 

それは国民総(そう)幸福量 (GNH)※ という考えを

作りだし、 国づくりの中心にしているからなんだ。

つまり、国がどれだけ発展(はってん)したかを、

国民がどれだけ幸せと感じているかで測(はか)ろうと

決めているんだ。

そして国民の多くが「幸福」と感じ、近代化を急がず、

自然や伝統文化を守り、おだやかに暮らしてきたんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

読み書きできない人も少なくないし、3人に1人は 1日2ドル(約250円)以下で暮らしている。

国民の大半が農民なのに、農地が少なく仕事を求めて 若者(わかもの)たちがどんどん都市へ流れてしまうんだ。

1999年(ねん)以降(いこう)にテレビとインターネットが相次いで解禁(かいきん)され、

携帯(けいたい)電話の普及(ふきゅう)も進み、人びとの暮らしは大きく変わってきた。

一方で、おだやかに暮らしてきた人々の生き方が、その近代化に ついていけず、

心のバランスが失われているんだね。

 

 

また、女性(じょせい)や子どもの権利を守る法律(ほうりつ)ができたのもまだ最近のこと。

それまでは「女性は家で家事と子育て」という考えが

当たり前だった。

女性たちも、夫からひどい暴力(ぼうりょく)を受けても

「女に生まれたのだから仕方ない」 と思っていたんだ。

 

この後は、ある女の子にバトンタッチして

彼女(かのじょ)の話を聞くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

私(わたし)は15才。 「ドゥプワン」と呼んでください。

でも、本当の名前じゃないんです。

どこに住んでいたかも聞かないで欲(ほ)しいの。

夢(ゆめ)は弁護士(べんごし)か作家になること。

でも今までいろいろなことがありました。 聞いてください。

 

生まれたのはブータンの東部の村。

貧(まず)しい村ではなかったし、私の家も特に貧しいわけではありませんでした。

私は両親に抱(だ)いてもらったり笑いかけてもらったりした記憶はありません。

そう、愛された思い出はないの。

ほったらかしにされ、いつもお腹(なか)を空(す)かせて悲しかったことは覚えています。

お母(かあ)さんがお酒に酔(よ)ったお父(とう)さんに殴(なぐ)られ泣いている姿(すがた)は

今でも忘(わす)れられません。

 

まだ小学校に入る前の、ある日のこと。

お父さんは私たちを捨(す)てて出て行ってしまいました。

 

そしてお母さんまで。

「お前の好きなチョコレートを持って、必ず迎(むか)えに来るからね」

と言って出て行ったきり、帰って来ませんでした。

 

その日から私は一人(ひとり)ぼっち。食べ物を買うお金もありません。

おばさんたちが道路に敷(し)く石を割る仕事をしているのを見つけて、 手伝(てつだ)わせてもらいました。

2日間働いて20ニュルタム(約38円)もらいました。

そんな時、学校の先生が私に気づいてくれて、ある夫婦(ふうふ)の養子になりました。

小学校にも通わせてもらえることになりました。

 

でもしばらくすると、家の手伝いがちゃんとできないという理由で 叩(たた)かれるようになりました。

6年生の時、ひどく殴(なぐ)られて左足を骨折(こっせつ)し、一カ月も入院しました。

 

別の先生が私を助け出してくれて、私のような子どもや女性を保護(ほご)する

「ガワイリン(幸福の家)※」という施設(しせつ)に連れて行ってくれました。

そこでやっと、私にとって家族と呼(よ)べる人たちに出会ったのです。

たくさんのお母さんと友だちに囲まれて、生まれて初めて 心の落ち着く場所ができました。

 

※ ガワイリン:現地NGO RENEWが運営する家庭内暴力被害で保護された人たちのための家

 

そして今は寮(りょう)のある学校へ通えるようになり、長い休みには ガワイリンに帰ってきます。

私の生活はすっかり変わったわ。勉強ができるって本当に幸せ!

7年生と8年生の時、国王陛下(へいか)から賞状(しょうじょう)をもらったのよ。

勉強と校外活動の頑張(がんば)りが認められて。 すごく誇(ほこ)らしかった。

 

あれから10年。 約束のチョコレートを手にすることはできなかったけれど、

私の両手には今、たくさんの可能性(かのうせい)がのっかっています。

アジアの子ども No.60

アジア保健研修所(AHI) ニュース 329号

2015年8月1日発行

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