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 明日を織る

ーネパール・カトマンズ ジョルパティ村からー

 

 

 

 

『ダサイン』が近づくと、ネパール人は誰だってワクワク、そわそわ。 

 

9月末から10月にかけて、休日が15日も続く、ネパールで一番大きなお祭り。 

『ダサイン』には、田舎から出てきて都会で働く人も、海外に出稼ぎに行った人も、

みんな生まれ故郷に帰って家族や親せきと一緒に祝うの。 

私はカトマンズに住んでいるけど、両親の故郷は400キロも東のウダヤプル。

 

 

初日は『ガタスタパナ』といって、祭壇のある部屋で、

砂と牛糞を敷いたお盆に大麦の種をまくの。 

この儀式はとても神聖なものとされているのだけど、

女性は参加できない。 

10日目には、10センチほどに育った大麦の苗(ジャマラ)を、

年長者が家族の髪に挿す儀式『ビジャヤ・ダサミ』。

 

 

私も、ひたいにティカ、髪にジャマラを祖父から

いただいて、ごちそうもいっぱい食べたのよ。 

 

 

 

私は ショーバ・シュレスタ。

生まれも育ちもここ、『ビジャヤ絨毯工業』。 

私の家族は28年間、ずっとここで絨毯を織って暮らしているの。

 

 

 

ネパールでは、土地を持たない貧しい人たちが

貧しさから抜け出すのは難しいこと。 

 

父もその一人。

今は、サウジアラビアに出稼ぎに行ってる。 

父が帰って来るのは、2年に1度っきり。

家族そろって暮らせなくなったのは、やっぱり寂しい。

 

 

私はいま、10年生の15才。 

兄と二人の姉も小学校に入学したけど、10年生まで通わせてもらったのは私だけ。

こんなことネパールでは珍しいことではないわ。

 

 

お金持ちの子どもは設備の整った私立の学校に通うらしいけど、

私たちは公立の学校に通うのも大変。 

 

私は学校を続けるために、登校前、下校後、とにかく絨毯を織ってる。

7年生くらいからずっとそう。 

でも一生懸命に絨毯を織っても、お給料はほんの少し。

学費の半分くらいはなんとか稼いでいるけど、勉強との両立は大変。

 

 

私はもっともっと勉強したいけど、そうするにはもっと絨毯を織らないと。

時間が欲しい。 お金が欲しい。

 

 

ネパールは『チベット絨毯』で有名なのよ。 

でもそれを織る工場の環境は、決して良いものではないわ。 

歩く場所もないほどに詰め込まれた織機。

換気も照明も不十分…。

 

 織り子の大半は女性。 

だから男の人がいやらしい言葉でからかったり、セクハラなんて毎度のこと。

 

 

 

 

今でも、お酒に酔って家族に乱暴したり、

織り子の女性に暴力をふるう男の人もいるみたい。

 

 もともとお給料はすごく安いのに、女性たちの

無知をいいことに雇い主が給料をごまかしたり。 

人買いに「もっと楽に稼げる仕事がある」とだまされて、

売春宿に売られた女性もいたそうなの。

 

 

絨毯工場で働く女性たちは、本当に大変。 

 

 

でもね。

お母さんは『チャハリ女性グループ(※)』という

集まりに参加するようになって、すごく変わった。 

 

※アジア保健研修所(AHI)の元研修生、UNダマラさんの働くWLESWomen Labour Empowerment Society:

女性労働者支援の会)が支援するグループの一つ。

 

 

女性の役割や責任について学んだり。

自分たちの抱える問題を自分で解決しようと話し合ったり。

「グループのみんなで少しずつお金を出し合って積み立てていけば、

いざという時にまとまったお金が借りられるでしょう」って。

 

お母さんは考え方がとても前向きになったわ。

 

工場で働いている人たちの権利についても勉強してる。

今では、工場の敷地に無料で住めるようになったのよ。

 

 

『チャハリ女性グループ』の他に、子どもたちだけのグループもあるのよ。

同じ工場で働く子どもが、みんなで助け合いながら学んでいるの。

 どんなことをするのかって?

まだ小さい子、学校に行っていない子に勉強を教えたり、

道路や川を掃除するボランティアに出かけたり…。 

 

それにね。

病気の予防や保健衛生のこと、子どもの権利とか、

人身売買から身を守る方法とか…。

難しい話は、NGOの人やチャハリのお母さんたちにも教えてもらうけど、

あとは全部子どもたちだけで考え、話し合い、決めて、実行するの。

 「ショーバも変わったわね」とお母さんが言うの。

わがままを言わなくなったし、勉強と絨毯織りで

大変だけど、時間を大切にするようになったって。

そう、私はこのグループにいるとすごく幸せな気分なの。

 

私は大学に行って、自分の未来をこの手で切り開いていきたい。

会計士になりたいと考えるようになった。

 立派な会計士になって、今まで私たちのためにずーっと

働き通しだったお父さんとお母さんを今度は私が支えてあげる。

 

努力すれば必ず報われる社会になること。

それが私の夢。 

夢への第一歩は、全国統一のSLC試験に合格すること。

人生の分かれ道って言われるくらい大変なのよ。

チャンスは1年に1回。

私、今年は落ちちゃった…。

 

 

でも落ち込んでいるわけにはいかない。

ダサインのお祭りで、とびっきりのごちそうを食べ、

いとこ達と思いきり遊んで元気になった。

もっともっと勉強しなくちゃいけないのはわかってる。

絨毯を織る時間を勉強にまわせたらって思うわ。

だけど今の私は、両方とも頑張らなくちゃいけないこともわかってる。 

さあ、次こそ合格するわよ!

来年のダサインには良いニュースをおみやげに持って行くんだ。

 

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